12日(水)朝、ベランダにて初うぐいすをきく。数日前、笛吹き水仙の花芽を見つけたところ。通勤途中ですずめたちの日向ぼっこ。
やることがてんこ盛りになると、やりたいことがいつもよりたくさん見つかる。学生の頃は、テスト前おそうじ症候群、というのがあったものだ。今や、おそうじはルンバがするので、いつにもまして読書に熱が入るなど。
読んだものからお気に入りを抜粋むらさきのスカートの女(朝日文庫) 今村夏子著
赤目四十八滝心中未遂(文春文庫) 車谷長吉著
ティモレオン(中公文庫) ダン・ローズ著
以前の自分なら絶対に読まなかったな、というようなものに手が伸びるようになった。これは、純文学といふものではなからうか。やっと精神年齢が成人に達したのだらうか。読みながらつい分析してしまう。この視点ブレはわざとかしら。こういう描写は自分にはできないわ。どうしてこういうラストになるのか、ならざるを得ないというか主人公がこう動いてしまうのだから作者にはどうしようもなかろう、そんなら受け入れるけれども辛いな、などなど。多分、もう純粋に読者の視点で没入することはないのだろうと思う。
読んだものから抜粋十日間の不思議<新訳版>(ハヤカワ・ミステリ文庫) エラリー・クイーン著
九尾の猫<新訳版> (ハヤカワ・ミステリ文庫)エラリー・クイーン著
今更のように後期クイーン。とっても叙情あり。
読んだものから抜粋こころのカルテ 潜入心理師・月野ゆん(小学館文庫) 秋谷りんこ著
シャーロック・ホームズの凱旋(中央公論新社) 森見登美彦著
木(新潮文庫) 幸田文著
秋谷りんこ、という作家の底力に触れる。卯月も好きだけれど、この新刊(原案はデビュー前に書いてあったものだというからおそれいる)もっと好き。惹き込まれて止まらず一気読み。読了して、主人公ゆんのいるチームに、自分が治療されたような気分になった。勝手な想像だけれど、看護師だったという著者は医療が人の役に立ったという喜びと、手出しできない無念とを散々噛み締めてきたのではないかと思う。卯月や月野ゆんに救われる人はきっと、私だけではない。一人の看護師が関われる範囲を超えて、たくさんの人に届いている、作家って素敵な仕事ね。
初、森見登美彦はシャーロック・ホームズ好きの心をくすぐるタイトル。前半は楽しいオマージュ。中程で問題は解決の方向へ舵をきっていくのかと思わせて、斜め上へ急旋回。それに留まらず、え、これってこういう話だったの、とまさかのカテゴリーを越境するジャンプ。そして、こちらの呼吸が落ち着いてそろそろ終了に向かって余韻…というあたりにとどめのアクロバット。ネタバレしないようにあまりに抽象的な表現だけど、楽しんで振り回された感、伝われ〜。
幸田文は、品があって美しい文章だなあと噛み締めながら読むので、薄い割にはなかなか先に進めない。木にまつわるエッセイが何本も収載されていて、中でも「ひのき」は圧巻であった。木について、木材の扱いについて、話が進むにつれこんなにも静かな筆使いなのに、動悸が激しくなるような揺さぶられ方。あやうく、電車を乗り過ごしてしまうところであった。
岡山ZINEスタジアムで出会ったもの、その1。

左の「にかいめのゆびきり」の絵を担当された猫野ソラ氏、右のくにとみゆき氏は、私がプラットフォーム「note」を始めてからずっと後ろを追っかけていた方達。創りたいと思うものは違えども、創作の原点というか熱量とか計り知れない深さとかを見せてくれる人たち。実際にお目にかかってから作品に触れると、また格別な思いがする。
もしかしたら猫野ソラ氏ご本人が、ご自分の漫画を好きだと思うよりも、私の好きの方が強いかもしれない。作者よりも読者の方が世界に没入して、思いもかけないところまで行ってしまっていることが、時にある。
岡山ZINEスタジアムで出会ったもの、その2。

「風景を綴る」は、写生するように文章を書いてみましょうというワークショップの作品集。作家の乗代雄介氏が講師をつとめ、発売されたもの。前述のくにとみゆき氏も参加された由。
風景スケッチの肝は、書き方よりも心の動くものの探し方にある
乗代氏による序文
書くことを探して、いざ書くときには、心の動きは言葉にしないで風景だけを綴るのだ、と思ふ。
自宅の最寄駅へ着くと、もうすっかり暮れている。川沿いに松があるが、その梢にぽっかりと満月。枝と重なり、隙間から顔を出したと思えば次の枝、下の隙間へ、飛び跳ねていくようにして姿が消える。かと思えば別の木 -いぶきだろうか – の向こうに顔を見せる。木漏れ日、とは言うが、月の光が漏れるのには、言葉が無い。
やってみたけれど難しいのだな。
孔雀の切り絵は、「アフリカ」というZINE、下窪俊哉氏の編集。これは2023年発行のvol. 35。すごいね。


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